1966(昭和41)年

「ほだび No.43より~1966(昭和41)年5月15日発行~」

ザック2コ

 新入生諸君おめでとう。入部したからには最後までやり通して欲しい。「初心忘れるべからず」である。大体において部活動のよさをわからずして退部するのが多い。結果が無である以前に、それは皆体験という大きな収穫ある。最初は大変なのはアタリマエ。上級生を見習いコツをスピーディーに、そしてアイディアを組み込んで……。

街のネオンのかわりに美しい夜空の星屑を眺め、四季の草花にしばし立ち止まり、朝日のモヤのなかに小鳥たちのさえずりを耳にした時の気持ちは、机上の文字では表し得ないものがあり、それは単に個人で味わう前に、この団体生活を通して養成されなければならないのである。

ラジオでは聞けないウルトラ音痴からヘタな歌手よりずっとハイクラスの部員も多い。キザな格好をして来るのは大体上級生に多い。人間、格好じゃない、心だ。なんて書いておきながら、自分も格好つけたい。

いくら頑張ったところでお山は恋人だが、愛嬌はない。金はないけれど価値あるのが部の仲間だ。何しろ一緒に単位を落とすくらいは簡単につきあってしまう。時に何時間も語り合う仲間が多いのだから寝不足もよかろう。ワンゲルグレートマンをめざそう。

山に入る日に

急行「第3ばんだい」は、宇都宮に止まっている。ひとしきり、これから出かける奥会津の山々についての話が弾んだあとは、皆思い思いに足を縮めて眠ってしまった。残雪と新緑、暖かな陽射しと爽やかな風、あの素晴らしい5月の山への想いを胸に。多少、南からやって来る低気圧を気にしつつ。

嗚呼今年も5月、新しい仲間が入って来る季節となった。僕らはこの1週間の残雪行を終えて、山の陽に焼けた頬と山の大気に洗われた心を持って、君たち新しい仲間の待つ部室に帰るだろう。そして焚き火ことや、沢で釣り上げたイワナのこと、頂上で唄った歌、山村で拾った話をしよう。この次、僕たちが出かける時は君たち新入生も一緒だ。何なら次の計画の話をしてもいい。もう0時を回った。車中灯も暗くなった。このあとは朝になって会津線のなかで書くことにしよう。

やっと目が覚めた。今8時半。只見川沿いまだ汽車のなか。このあたりではヤマザクラとコブシの白い花が今盛りです。さて原稿の続きを書こうと思っても、窓の外が気になってワンダーフォーゲルについての面倒臭い「理論」とやらを書く気分にはなれません。音楽の感動を、それを知らない人に言葉で伝えることが困難であるように。

山にしても、そこへ出かけていかなければ、どうも本当のところはわからないのではないでしょうか。新入生たちも、まず出かけて欲しいと思います。そこで自分なりに何かを発見すると思います。浅草岳が見えるというので、このあたりでやめます。

とうとうこの原稿を黒谷のバス停まで持って来てしまいました。黒谷川は、雪解けの水を集めて流れています。橋の上の子ども、赤い帽子を被った女の子、青い5月の空の下、この奥会津の山村からとりあえず、速達で送ります。山へ入る日に。《助監督 西山》

ワンゲル

ワンゲルとは何か。1年生の時「ワンゲルとはドイツ発祥の…」と上級生から教わったが、その時は難しくて理解できなかった。けれど、1年過ぎて現在は自分なりのワンゲル観をつかめてきたと思う。

ドイツで起こった時は、軽装で野山を渡り歩き、単なるレクリエーションとしての意味以外に、一種の社会批判も込め、成人の側からする、いわゆる青少年教育に対する反発をともなっていた。また第一次世界大戦後のドイツは、国家再建運動にもつながっていたと、何かの本で読んだことがあった。

日本では今日、ワンダーフォーゲルと呼ばれるものは一応ドイツの祖型を離れ、準山岳部要素を含んできていると思う。またその方向に進みつつある。我が部では、文化面を強調しているが、聞くところによると他大学では山岳部とほとんど変わらない活動もあるという。それはそれで大学の特色でよいのかもしれない。

世間ではワンダーフォーゲルというと、昨年の東京農大のシゴキ事件を連想するらしく、新入生も「シゴキがあるんですか」と聞く者がしばしば見受けられた。世間一般では、ワンダーフォーゲルというものをあまり理解されてはいない。理解を深めるためにも、ワンゲルとは、こういったものだと、知らせる必要がある。《2年 橋本》

部とは何か

新緑のカラマツと霧の鹿沢、小岩井農場での夏のファイヤー、中央アルプスでの初めての雲海、ひとりぼっちの飛鳥路、北海道さいはて巡り、黒ユリの咲いていた千丈、紅葉真っ盛りの上高地、槍ヶ岳、奥深い会津の山、そして素朴な人々。

数々の思い出とともに3年間が過ぎた。よく人はいう。「クラブで人間形成を」と。まあ人間形成なんて、書いている本人もわからなくなるが、感受性の強い青春時代に多くの友達と大いに語り合い、ともに行動するということは貴重であり、必要だと思う。若人は語り合い、歩むのが好きだ。

自然のなかを歩く。素朴な雄大な美しさに惹かれる。友達のありがたさを、人間の愚かさを、素晴らしさを思う、ありのままの自己を発見する。自然は無言だ。それでいた多くのことを我々に教えてくれる。大学生活においてもっとも大切なことは、自分の人生の目的を立てることだと思う。

これはいささか受け売り的ではあるが、大学時代は人生における最終的基礎段階であるはずである。目的に向かって歩み続ける人生は多くの曲折あろうとも、充実したものとなるであろう。

苦しい時、悲しい時、思い出は励まし、慰めてくれるだろう。部生活、これは
自らが求めたものである。初心を忘れることなく、続けて欲しいと思う。
《4年 千坂》

クラブに入って

「なぜクラブに入ったのか」と、新入生の時によく聞かれた。自分は何となくクラブに入ってしまって、もう2年間を過ごしてきたが、クラブに入ってよかったと思っている。なぜって、大学には大勢の仲間が入学したが、知っているのはほんの少し。それも同じ組の人だけ。しかも知っているのは顔だけで、話をしたことのない人の方が多い。そこへゆくとクラブはいい。初めのうちはまごつくが、慣れてくれば一緒に食事や飲みにへと出かけたり、友達の家で夜更けまで話し合う仲間になってしまう。困ったことが起きたら相談したり、愚痴を聞いたり聞かせたり、クラブに入り、一緒にここまでやってきた仲間だからだと思う。

クラブには色々な人が、色々な考え方を持って入って来るが、そんな行動や考え方に接することにより、よりよいものが得られることができるのがクラブのよいところだと思う。また自分を磨き、鍛錬する場でもあると思う。自分もあと2年間、クラブのよいところを吸収するつもりだ。皆も、どんどん吸収したほうがよいと思うよ。《3年 大塚》

部生活をかえりみて

ワンダーフォーゲルとは何かも、全然知らずに入部して、はや1年経った。今、振り返ってみるに、まだまだ漠然としたものがある。体育部に所属しているということで入部を決心し、以来4回の合宿を終えて「健全なる精神」を養うという意味では十分なる成果があったと思う。

夜間部である私にとり、部活動をやってゆくことは非常に大変だということは1年間やってみて、身をもって体験してよくわかった。昼は社会人であり、夜は学生になりきるということにしても大変なのに、そのほかにサークル活動もやらねばいけない。いわゆる三本立てという厳しい条件のなかで、この1年間で一体何を学んだのか、ひと言では表現しかねる。

そういう漠然としたなかにも、何か得るものがあるように思う。1年間経験してきた事柄を自分のものにできた時こそ、初めてその経験生かされるものであると思う。4年間でやり通す、通さないは別としても、2年生でやるべきことが
2年生にあると思うので、この1年間、新たなる気持ちでも持って臨みたい。
《2年 森川》

生活記録用紙から

新人養成合宿
今日生まれて初めてキスリングを背負って本格的登山をやった。田中駅を出発して30分も経たないうちに右腕が痺れて全然きかなくなってしまった。荷は重いし、初めての休憩で体操をした時は本当にホッとした。姫子沢で朝食をとる前に何でまたこんなクラブに入ったのかと思った。《1年 村上》

重いキスリングもだいぶ慣れてきた。昨日ほど腰も痛くなくなり歩きよくなった。角間山の頂上に着いた時はスカッと気持ちがよかった。鹿沢山荘に着いて皆の顔を見て嬉しくなってしまった。月日が経つにつれ、ワンゲルに愛着が湧いてきた。楽しみにしていたキャンプファイヤーができず残念だったけれど、キャンドルファイヤーも、それなりに親密度があり楽しく過ごせた。《1年 平田》

夏期合宿
 満天に無数の星を散りばめ空木小屋のサイト地も夜の帳が一段と深まってゆく。美しく輝く星空を眺めて今日1日の行動を振り返って、楽しかったこと、また反省すべきことを思い浮かべる。久しぶりの「起床!」の声に飛び起き、まだ明けぬ伊那川小屋を眠気まなこをこすりつつ、今日の行動を開始した。食事も終わり小屋を出て、急な登りに喘ぎ、1年生を励ましつつ無事に空木のサイト地に着いた。しかし予定の時間からはだいぶ遅れてしまい、自分としても、また2年生としても反省の余地があるのではないだろうか。《2年 北川》

 昨日の疲れもとれず、何をするにも行動が思うようにできず出発したため、班員に対して迷惑をかけてしまった。強く反省しています。《1年 星野》

秋期合宿
各パーティーが、それぞれ予定のコースへと分かれて出発した。15時ごろからの吹雪が17時ごろには物凄くなってきた。各パーティーが気になる。無理しなければよいが。《3年 大和田》

雪が降ったりやんだりとしていて、今日の行動が思いやられていたがバスを降りて歩いていたら本格的な降雪となった。初めての経験で楽しくなってきた。
《大堀》

春合宿
今日で最後だ。まだ技術は完全ではない。行動中、読図をして記録をとることの余裕が持てなかった。それではいけないとわかってはいても、ザックを2個、背負ったあとの自分のザック、とても軽く感じたし、嬉しかった。海岸線を歩きながら海を見た。本当の青、雲の白さ、松の緑、苦しいことを忘れた。
《1年 山田》

サブリーダー、今日やらせてもらった。でも何も思うようにできなかった。第一、行動中は先頭だったため、リーダーに自分の意思を伝えることができなかったことに原因があったと思う。普通、サブリーダーが先頭で、リーダーが最後と聞くが、先頭にいるサブリーダーが行動中にどいう風にして自分の意思を伝えているのであろうか。少々わからないことだ。《2年 大木》

今度の合宿は旧人養成であるが、この旧人という意味を1年生を養成するするのだと、履き違えているように見える。最近になって思うことであるが、我々の1年生のころと違い、車中で駅弁を買うことひとつを取り上げてみても考え方の違いがあらわれキビシサが足りないようである。《3年 岩崎》

部室に置かれたノートより
僕が山へと出かける時はいつも雨。どうしてこう雨にモテるのだろうか。女性にもこのくらいモテればいいのだが。さ、頑張ってくるぞ。

もう1年生じゃないんだぞ。しっかりしろとはいわない。まず自分の限界を知る。わからないことは恥ずかしいことではない。己に嘘をつくな。目の前の一歩を踏み出すことを考えろ。

トレーニング後の快感は何ともいえない。

山田太郎の「新聞少年」の替え歌で。
僕の名前を知ってるかい?
ジョーダンおじさんというんだぜ。
ワンゲル入ってもう1年。
雨や嵐には負けたけど、
ヤッパリワンゲルはいいもんだ。

連休が始まって昨日、今日と続々と出発してゆく。部室も新入生が多く、いろいろな話が交わされたり、歌を歌っている。歌唱指導の時は、もう少しはっきりと教えられないものか。


「ほだび No.44より~1966(昭和41)年7月20日発行~」

幸せだなあ

 本当の喜びは苦しみのあとに。今回の新人養成合宿ではこの言葉を痛感した。肩に食い込むキスリング、マメがズキズキ痛い。何度ダウンしそうになったか知れない。

だが山には東京にはない自然美の花がある。登行中に初めて岩陰にポツンと咲いているイワカガミという花を見た時、身体全体の疲れがスゥ~と抜けるような気がした。こんな花を見ながら、そして先輩からの「自分をシゴけ!」の声に、多少ヤケクソ、やっとサイト地に。これこそ本当の喜びである。空気がうまい、それにも増して水のうまいこと。東京では味わうことができない。

そして最後の日、カンカン照らす太陽の顔をにらみながらゴールイン。水を今までの腹いせにガブガブと飲む。そして頭から水をかぶると、何か偉大なことを成し遂げた満足感と、幸福感が湧いてきた。何となく、今降りてきた山の方を見て思った。幸せだなあと。《1年 加々美》

やっぱり来てよかった

1日目、ただ黙々と歩く。肩にキスリングが食い込む感じがして、ただ下を向いて歩くだけ。周囲の景色などは全然目に入らない。休憩、やっとひと息。軽い体操、ほんのちょっと休んで、また歩き始める。どのくらいだったか、チーフリーダーが「これで林道は終わり。これからが本当の山道だぞ」との声を聞いた時は、もうキスリングを放り投げ逃げ帰りたい感じがした。

何分かして休憩。配られたレモンが、とっても美味しかったことを覚えている。やっと角間峠へ。そして集結式に間に合うようにと、下りはとても急いだ。集結式のある山小屋のすぐ近くまで来たら「山小屋まであと3km」との表示があった。ガックリとした。しかしよくよく見ると、表示は「あと3”cm”」。安心した。そしてとうとう山小屋着。今までの緊張感がとけ、急に疲れを感じた。

2日目、キスリングを置いてサブザックで行動したにもかかわらず、すごく苦しかった。藪漕ぎして遊んで進む。途中で目にする花も可愛い。角間山山頂に着いた。頂上では2時間近く時間があり、昼食をとったり、スタンツの練習をしたりして、ゆっくり過ごせたのはありがたかった。薪を集めながら下山。心配された天気の崩れもなく夜はキャンプファイヤー。

3日目、もういくらかは慣れたはずなのに、キスリングが肩に食い込んでくる。
ファイトの声をかけながら、自分自身にはもう少し、もう少しといい聞かせなが
ら進んでゆく。何という場所だったか、アヤメがとっても綺麗で、別世界のような感じを受けたところがあった。ちょうど涼しい風が吹いてきて、とても気持ちがよかった。ここで眠っていたいな…。

 そして出発。道は坂道で車のわだちなどがある。今までよりは、ずっと楽に歩けた。時々吹く涼しい風が本当に気持ちよかった。何十分か歩いて滋野の駅に到着。長い道を自分の足で、自分の力で歩いたという感激で胸がいっぱいになった。今までの苦しかったことや、辛かったことは、どこか頭の片隅にいってしまったみたいだ。やっぱり来てよかったと、しみじみ思った。《1年 藤田》

個人ワン ビバーク

目が覚めると雨がひどくなっていた。2本の木が並行して倒れている間に渡したポンチョ、つまり今夜の屋根に雨が溜まりぽとぽと身体にかかる。小雨ならともかく、風をともなった本格的な降りようでは身体を伸ばして寝ているわけにはゆかない。

ザックに背をもたれかけ、足を縮めて傘をさす。エアマットは穴が空いていたらしく、とうの昔にしぼんでしまった。こんな格好で数時間ウトウトする。再び目が覚めた時は午前1時。明かりが欲しくてヘッドライトをつけてみたが、どこかの接触が悪いのだろうか、チラチラしてすぐに消えてしまう。惨めな気持ちになった。予備のローソクを灯し、その小さな炎じっと見つめながら、考えるともなくさまざまなことを思い返してみる。

田代と帝釈に登って、木賊温泉に下る今日の予定は十分消化できるだろう。しかし今日もまた熊笹を踏みわけ、倒木を越え、ガスった道を雨に打たれて歩くのだろうか。

そういえば、昨年の春の連休に安倍川源流の山々をやはりひとりで歩いた時、みぞれまじりの雨に打たれ、雨がシュラフを通し足を動かすとピチャピチャと音がする。そんな状態だったが面倒なのでそのまま寝てしまったっけ。翌日は吹雪となり、道を誤って藪のなかに踏み込んでしまい、谷の向こうに見つけた伐採小屋に崖を駆け下ってやっとのことでたどり着いたことがあったっけ。

雨の音を聞きながら、とりとめのないことを思っていると、何かこの暗闇が、この雨が、あと数百時間も続くような気さえしてくる。早く夜が明けないか早く。何時間までもこうしているわけにはいかない。僕は歩くために山へ来たのではなかったのか。闇の暗さに気を鈍らせるな。暗い林のなかで思い腰を上げた。
自らを励ましつつ。《村上》


「ほだび No.45より~1966(昭和41)年9月18日発行~」

ワンダラーはすべからく自然に還れ!

いよいよ41年度も終わり、42年度にバトンタッチである。そこで41年度を振り返り、諸君の意見を聞きたい。

まず我々は同好の士とともにワンダーフォーゲルを実践し行動、すなわちワンデルングにその主体を置いているのである。我々は究極的に、人間形成をめざしている。しかし、その目標達成ワンダーフォーゲルをやるということから派生的になされるものと考える。

すなわち「部生活は人間形成のためになすのである」という意識を持つ必要はなく、よりよいワンデルングをなすことにより、我知らずにワンダラーとして、深みのある人間形成はなされるものと確信する。

人間形成を意識しなくとも、学生として、また団体生活者として、部生活をなし、仲間と苦楽哀歓をともにして野山を闊歩する。そこからおのずと人間形成はなされているのであると思う。なぜなら、そこにはすべての人間的要素が必要とされるからだ。

好きだからこそやる、それでよいのだ。我が部では。部員としてのルールを守り、よりよいワンデルングをめざすことにより、部活動の目的は達せられるものと考える。なぜ部活動を負担と感じている部員がいるのか。

部は他人がやっているのだ。自分はそれについてゆくだけ、などと考えている者がいたら、さっさと部を去るべきではないだろうか。トレーニングをやり、合宿にゆく。そして仲間と次のワンデルングを語る。好きな者であったら簡単なことである。ワンダーフォーゲル部はワンデルングをやる部である。ワンデルングをやらずに人間形成を目指すという部ではないはずだ。

ワンダラーはすべからく自然に還れ。《主将 山口》


「ほだび No.46より~1966(昭和41)年12月24日発行~」

その答えは

「山行の本当の目的は?」と聞かれたら、私はこう答えるであろう。

「人と人との接触、人と人との助け合いである」と。それともうひとつ。
「自然と、自然の美しさを知るために」にと。あくまでも青い空、その青さを一瞬のうちに包んでしまうガス、それらに包まれた木々、草、石のすべてにいたるまでを、私の感激の対象にならないものはないくらいです。

山行を何度も経験している方は、もっと素晴らしいものを知っているでしょうね。でも口には出さなくとも、私のその小さな素晴らしさも認めてくれるでしょう。何だか口を開くと、その感激を言葉で表現すると消えてしまいそうな気がして、思わず黙ってしまった私。黙って一点ばかり見つめていました。自然のなかで口を閉じている人は、皆私と同じ気持ちなのでしょうか。

秋合宿2日目の烏帽子岳登山。産まれて見える霧氷。大きな木から小さな木、そして夏の間は美しい花を咲かせていただろう枯れ草にまで、真白き花を咲かせてくれた。大きな木はクリスマスツリーのように、そして小さな草は線香花火のような可愛い花を。数時間後には散ってしまう花をつけている。あまりの美しさに「私もこの林のなかにずっと立っていて、あんな綺麗な花になりたい」なんて、馬鹿なことを考える。

その素晴らしさに、今までの疲れはどこへやら。何倍ものファイトで頂上をめざす。振り返って下界を見下ろせば一面のカラマツ林。茶褐色のカラマツは、何となく物悲しい秋の終わりを思わせる。今までの楽しい気持ちとは反対に、私は無性に悲しくなる。そしてあのカラマツは、秋の終わりに何を考え、何をしようとしているのか…。

そしてまた冬がやって来る。その繰り返しを確かめるために、人は山にゆくのか。《髙橋》

山では裸で付き合いたい

今回の秋合宿では今までにない魅力を感じた。それは「パーティー」である。リーダーをはじめ、各上級生に無条件でついてゆけるような気がした。といっても「盲従」という意味ではない。

心の底から信頼できると感じたからである。人を信頼できるということは、美しいことだと思う。まして山へ入る時は、信頼できるか、できないか、によって山行が楽しくもなり、つまらなくもなる。その点で、これまでの合宿と比較した場合、断然差があったように思う。

私の考えというものを述べてみると「山では裸で付き合いたい。そうすることがお互いに信じ合えるための最上の方法だ。そして、これが下界でも通用するようになったら本当に素晴らしい」となる。この私の考えが、今回の合宿で理想ではなく、実現したのである。

4年生から1年生まで、ひとつにまとまったのである。我々のパーティーの行動は距離が長いため、コースタイムも長時間となる。そんなコースタイムを考える時も「最初にビバークをするか、カモシカ行動にするか」という2つの意見があり、押しつけというよりも、どこか自分の好きなようにという自由さがあった
ので楽しく作成することができた。この点については、上級生は我々1年生のことを信頼してくれていると感じた。

 星の近い山から、空の汚れた東京に戻った今でも、私にとっては今合宿のメンバーは、ともに苦労して歩き、そして眺めたあの空のように、心の底から信じ合えるのです。《1年 染野》